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【ネタバレ】祝姫 感想〜「ひぐらし」から14年、過去作からの系譜、その新境地〜

※この記事には、「ひぐらし」「うみねこ」「彼岸花」「ローズガンズデイズ」の内容に関してのネタバレがあります

・「祝姫」とは

 呪いをテーマにしたホラーアドベンチャーゲーム「祝姫」。一本道で、選択をする等のゲーム要素はありません。ホラーとっても、謎を解くミステリーとも、謎が解かれることによってカタルシスが得られるサスペンスとも違い、現実世界の物理法則では起こりえない事が起きる物語で、プレイヤーが受ける印象が恐怖であるもの、といったニュアンスです。また、実際のモチーフはエロ、グロが多いと個人的には思います。
 大ヒットを記録した「ひぐらしのなく頃に」の2016年版といいますか、大きく流れが踏襲されています。個人的にではありますが、過去作の類似点と、時代が変わったことによる変化を見ていきたいと思います。

・主人公・煤払涼
 祝姫というお話は、3行でまとめると、「1000年前の因縁から始まった煤払流の後継者・涼が1000年前の因縁に触れ、呪いに苦しむ4人のヒロインを救い、最後には死ぬ話」です。

 涼という名前から連想されるように、涼やかで野暮ったい感じは一切なく、熱血が売りの圭一や戦人との差異を感じました。体を鍛えていて強いのに、女の子のような繊細さを持っています。圭一や戦人のように、罪を犯したり迷ったりすることはありません。ヒロインたちを救い、最後には全ての呪いを解き放ち、死に至ります。その姿は古代の英雄のようですらあります。
 
 煤払流武術には「感謝の心」が大きなテーマになり、敵を打つための拳ではなく、感謝を奉納するための拳だと何度も繰り返されます。今、問題と向き合うきっかけをくれたことに感謝をする。本作ではそう語られます。
 復讐に対して復讐以外の何で返していくか、ということが過去作で何度もテーマになりました。祖父の無念を晴らすため、自らを神と名乗った「ひぐらし」の鷹野三四。人の世界でそれを赦すことは出来ないけれど、人ならざる存在である羽入には赦すことが出来る。罪を綿に染み込ませて綿流しをするのだ、とされました。つまり、「祭りがあると、それまでいがみ合っていた人達もこの時飲んだ酒に免じてまた仲間に入り直せる」という村社会の理想や、神という自分自身を俯瞰した立場から見た存在があたえる赦しのようなものでした。
 「うみねこ」でも、姉達に酷い仕打ちを受けた楼座は娘の真里亞に当たり散らします。しかし、キリスト教やオカルト、そしてベアトリーチェの出会いによって魔女への道を歩むことを決意した真里亞は誰に対してもそのような仕打ちをしませんでした。つまり、学問によって知識を得て、そこからやりたいことを見出すことによって悟りを得ました。それを俯瞰している18歳の縁寿もまた、クラスメイトや世間から言いがかりを受けますが、真里亞の意思を継ぐマリアージュ・ソルシエールの最後のひとりとして自分のやるべきことを見出した彼女はそれに打ち克ちました。究極的には、与えられる立場から与える立場になったことによる変化だったと思います。
 また、「彼岸花」ではいじめを苦に自殺を人々は妖怪という魔によって制裁をうけ、「ローズガンズデイズ」では復讐には復讐が返される様子が何度も描かれます。

 具体的に、一言で言い表せる言葉として「感謝」という言葉が用いられました。復讐に復讐で返さないためには、己の罪を向き合い、罪を禊ぐ機会を与えられことを感謝する。その宗教的な誰にでも判りやすく考えがまとめられたことに、一つの洗練を見出しました。

 「うみねこ」では、過去に起きたことはどうにもならず、「どうにかなる時点で大した試練じゃない」とまで言われました。この作品では、過去に対してどういう答えを出していくかもある程度、プレイヤーに委ねられるという性質もあったからなのですが、どうにもならないものに対してどうしていくか、という意見をハッキリ示したことによって、テーマがハッキリした、大衆的なエンターテイメントとして仕上がったのではないかと個人的には思います。

・死別というモチーフ

 前述しました通り、主人公・涼の死によって、シャチホコ部の面々は親しい人物との死別を経験します。彼の死は決まっていたことで、覆せないことですが、雛形先生の犠牲により、メインヒロインの十重は呪いから解放され、ひと夏の思い出を涼と作ります。結果的には、涼のみならず、雛形も失ってしまうのですが、それでもシャチホコ部の面々の半数は涼と決別出来ません。そして、最後にはそれまでヒロインたちを苦しめていた霊障という現象が、今度は喜びとしてやってくると描かれます。
 感想が別れる部分かと思いますが、私はこれは残酷な結末だと思いました。突然やってくる死による別れを、この世ならぬ現象で先延ばしにされてしまったようなもので。彼女たちは、女性として若く美しい時間を幻想の王子様に尽くして過ごしてしまうわけで……。

 しかし、「うみねこ」で描かれた家族や恋人の死、覆らない運命というのは過酷なもので、もしかしたらですが、人によってはこういう内容のほうがハッピーエンドのように映るんじゃないかなと、この結末がどう評価されるのか、一個人としては興味があります。
 

・ヒロインについて
 本作は上級生、同級生(遠縁の親戚)、下級生、それと巫女の四人のヒロイン構成です。この構図が「ひぐらし」を彷彿させます。ヒロインたちは普段は明るく活動的ですが、それぞれに悩みを抱えていて、霊障という存在がそれを冗長させます。それを解決していくことが呪いを払っていくために重要になります。これも雛見沢症候群により、疑心暗鬼を冗長される、相談し、問題を解決することによって物語は大団円に近づいていくという、ひぐらしと近い設定です。しかし、ただの疑心暗鬼というより、霊障というそれぞれのヒロインをピンポイントで追い詰める個々の存在である雌鹿達は、彼岸花の妖怪に近い気がします。それぞれ、個別に見ていきたいと思います。

・黒神十重
 本作のメインヒロイン。巫女や多面世界の中心であるという設定はひぐらしの梨花を彷彿させます。
 涼の告白のシーンは過去編の睦の演技と重なるものがあり、いつもの菩薩のような彼が感情をむき出しにし、人間らしさを感じて非常に良かったです。本編で語られるように、ヒロインたちが涼に惹かれるのは呪いの煤のせいで、涼が十重に惹かれるのも、千年前のことが関係していると思います。しかし、彼らもそれに気付いてると思うし、それがあって「あなたは誰ですか?」の回答が女性と男性で違うこと、自分が今感じている感情は自分だけのものなのなのかという葛藤が上手く表現されていて本当に素晴らしいと思いました。最初から声優さんのボイスが入っている作品だったこともあって、表現できる境地だったと思います。

 ループというギミックは「ひぐらし」の時点では目新しさもあったのですが、2016年の今ではこれをギミックにしたヒット作も多く存在し、ありふれたものになっていると思います。また、「ひぐらし」の賽殺し編や「うみねこ」全編においては、実際の人生はループしない、人の人生は時間は元に戻らないということも強調されていました。しかし、多面世界というか、「重ねあわせて見えてくるもの」は竜騎士07氏の普遍のテーマであるようにも感じました。
 そこで本作の「霊障」は一言で言えば悪夢であり、やはり現実は一度だけでした。しかし、十重と涼の思い出を支えた「別の世界の睦」というのも、ループという概念が自然に表現されていて、時代の変化を感じました。

 また、睦と鈴女が古代の無電源ゲームで親密になっていく様子は「うみねこ」の趣味の推理小説を通じて親密になっていく戦人と紗音を思い出しました。

・春宮椿子

 同級生ポジションのヒロイン。ポジションといい、「強さ」と「可愛らしさ」の融合したキャラクターもひぐらしの「竜宮レナ」を思い出します。
 元ヤンという設定も全体的に平成の要素が強い本作で、ちょっとしたパンチになっていて、逆に珍しさを感じました。
 エロス、グロテクス、バイオレンスのバイオレンスの要素が強く押し出されていて、それが、一度道を踏み外しながらも、もう一度夢を見る強さが描かれていました。彼女のシナリオは、冗長性がなく、他のヒロインと比較すると「もう終わりなの?」と感じるほどに無駄がなく洗練されていたと思います。

・美濃部鼎

 上級生ポジションのヒロイン。沙都子、真里亞のような家庭問題枠ですが、単なる虐待に終わらず、この問題を克服することによって家庭から社会に出ていくということが表現されていて、そこが今までと違うなと思いました。
 家庭問題から自立とは、働くことはとテーマが広がっていきますが、それが見事に融合している素晴らしいシナリオで、私個人としても、若かりしのことを思い出して感情移入しました。
 上級生の割には、小柄でファッションも少女らしく、親しみ易いながらも色々な提案をして主人公たちを引っ張っていく新しいリーダーの形を提唱しているように思いました。
 霊障もメルヘンの世界の住人となることで楽しんでいる節がありますし、厨二を一度こじらせるも卒業し、これから社会人として生きていくか……というのはやはり上級生だからこそ映える設定だったのかなとも思いました。彼女は親と上手くやれませんでしたが、一連を振り返って、「これまで守ってくれた親に感謝して、……」と感謝という涼が何度も繰り返す重要な単語を口にしました。だからこそ、鼎は年長者なのかなと感じてしまいました。
 ミノベ県王国のエリス姫としての描写は、どこまでが霊障なのか、想像なのか、これは現実のメタファーなのか、ということが敢えて曖昧に描かれているように感じ、「うみねこ」っぽいなと思いました。
 エロスとグロテクスが上手く融合していて、物理的に痛い想像をしてしまい、よく出来ているなと思いました。久しぶりに、ゲームをやって本気で落ち込みました。

・布川莉里杏

 下級生ポジションのヒロイン。アイドルという、今まで竜騎士07氏の作品には登場しなかった設定ですが、今日では「アイドル」というのは現実でも、フィクションの中においても身近な存在です。アイドルの追っかけも趣味として市民権を得た現代を反映させた設定だなと思いました。
 シナリオでは、ネットが大きくテーマになります。エゴサーチ(著名人が自分の名前で検索すること)をして、悪口ばっかり書かれているのに敢えて読みに行ってしまう……というのは、私個人としては考えられないことで、彼女の問題も「ネットを見なければいい」で解決してしまうことだと思うのですが、そうしてしまうというのは一種の現代病なのかもしれません。
 莉里杏は大人っぽい下級生、自立した女性のいうイメージが一見してあります。外見も大人っぽく、受け答えなどもしっかりしているのですが、アイドルとしての最終的な姿……例えばですが、母親のような女優になりたいとか、ステージに立つ仕事が好きだとか、そういうのが提示されません。だから彼女のアイドルという設定は、ちょっと変わった習い事をしている子くらいにしか思えないくらいでした。「芸能人」でなく「芸術家」だったら寿ゆかり、八城幾子などが過去作では該当しますが、そういったキャラクターにはあまり近くないと感じました。今は、過去を吹っ切って、現在の自分に自信を持つために目の前のことをがむしゃらにやっていて、涼のサポートに対する感情も、それを助ける一つにしか過ぎません。だからこそ、子供っぽく感じるというか、新しい年下のヒロインとして未熟なことも含めて応援したいと思えました。
 鹿たちが煤を集めようと追い詰めるシーンは、テキストも声優の演技もセックスそのものにしか見えません。これで全年齢向けとして発売できるのだから、商業作品でも表現の自由というものは結構あるんだなと思ってしまいました。
 
・まとめとして

 想像ではありますが、「ひぐらしみたいなゲームを作ってよ」とメーカー側から依頼されたのかもしれないなと思いました。しかし、そこで今、持てる力を出し切って、現代を踏まえつつ、普遍的に通用する素晴らしい和風サウンドノベルの世界を構築した作品だったと思います。10年は素人を専門家に変えますが、一方、1000年という時間の前では誤差のように短い時間です。ひぐらし発表の平成14年から平成28年の今、14年の時間が経っています。それまでの色々な作品があり、今、竜騎士07氏のことを紹介する上でふさわしい作品になったのでは、と思いました。

 ただ、ずっと作品を追っているファンからすれば、良くも悪くも「2016年版のひぐらし」としてしか捉えられない部分もあります。新しいテーマやギミックはほとんど無いからです。しかし、久しぶりに仕事、寝食意外にこのゲームをプレイすることを優先にし、のめり込んでしまったのも事実で、竜騎士07先生の作品を引き続き追っていきたいと思うのでした。
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